浦原 | ナノ
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▼ 過去編9

照りつける太陽に、じっとりと肌が汗ばんでいくのを感じる。季節はもうすっかり夏を迎え、隊舎にいても暑さで参ってしまいそうだった。そんな中で書類を他隊に配ってきたわたしは、そう遠くないうちに熱中症で倒れるのではないかと頭を過っている状態である。こう暑いと食欲も失せてしまうし、最近暑さのせいで寝苦しくて睡眠時間も削られていた。俗に言う、夏バテ状態である。ようやく隊舎に到着してわたしの執務机に置いてあるうちわを手にとって自分を扇いだ。つぅ、と首筋を汗が伝って、不快感が募る。いつも元気なひよ里も、すっかり暑さにやられて机に突っ伏していた。

「あらら〜さすがに皆サンこの暑さにやられてますねェ」

ひょっこりと研究室から顔を出した浦原隊長が苦笑しながら執務室に入ってきた。ひよ里がいつものキレがないまま、うっさいわボケ、と悪態をつく。浦原隊長はそんなひよ里サンに!と後ろ手に隠していた何かをジャジャーン、とわたしたちの前に突き出した。

「……かき氷器、ですか?」

「なまえサン大正解!」

頭がキーンとしない氷もご用意してますよん。次から次へと器やシロップ等を出してくる浦原隊長を呆然と見つめる。暑さでみんなの効率が落ちているとはいえ、業務中なのですが。しかしひよ里はかき氷に目を輝かせ、他の隊士たちもにわかにざわめき始め、わたしたちの周囲へと集まってくる。まあ、仕方ないか。このまま仕事を続けたところで効率は悪いままだ。だったら一回休憩をはさんで冷たいものを摂取してから仕事をした方が早く片付くだろう。しゃりしゃりと音を立てて浦原隊長が氷を削る。慌てて代わります、と言うが、なまえサンは座って待っててください、と言われてかき氷器を譲ってくれることはなかった。

「ボクの研究室は空調完備なので涼しいんスよ」


「その空調をうちらんとこにもつければ解決やろ!」

「ホラ、予算とかいろいろあるじゃないっスか」

「そのくらいなんとかしろや!!」

ひよ里がうらめしそうに浦原隊長を睨みあげる。それができるならわたしも最初からそうしてるのだが、執務室に空調を設置するのは現実的に考えて難しいのだ。ただでさえ、技術開発局でかかっている研究費、材料費で予算の大半を持って行かれている我が隊はいつでも火の車だし、涅三席をはじめとして、研究のせいで設備を破壊する輩もいる。その中で浦原隊長の研究室に空調が完備されている理由は、研究の中で暑さや寒さに弱く、適温を保たなければものが存在するからだ。涅三席の研究室にも同様の設備が設置されている。それなのに研究室に人が殺到しない理由はひとえに近づきたくないからだろうけど。

「うちの隊のお財布を管理してるのはほとんどなまえサンっスよ」

「オイなまえ!執務室に空調つけるで!」

「お金がないから無理かなぁ」

なんでや!!と暴れるひよ里を苦笑しながら宥めて一緒にかき氷を食べよう、と促した。わたしたちと話しながらもしゃりしゃりと削った氷を山盛りにした器を隊士たちに配っていた浦原隊長は、ひよ里の分は通常よりもさらに山盛りにして、少しでもバランスを崩したらこぼれそうな器を手渡す。たくさん用意されていたシロップの中からひよ里が迷わず赤いシロップを手に取った。

「ひよ里はいちご味にするの?」

「赤が一番かっこいいやろ!」

「かっこいいかはわからないけど王道だよねえ」

かき氷のシロップというものは、たくさん種類があるけれど全て味は同じなのだという。ちがうのは色と香りだけだというのに、まったく違う味のように感じるのは人体の神秘だと思う。以前ひよ里とリサと白とかき氷を食べた後にシロップの色がついた舌を見せ合ったりしたなあ。その時は確か、わたしはブルーハワイを食べたはずだ。普通ではありえない青く色づいた舌をリサにガン見されてすぐ引っこめた覚えがある。

「はい、なまえサンの分」

そう言ってわたしの目の前に差し出された器は、ひよ里のものに負けず劣らず山盛りに盛られていた。シロップは何にします?と尋ねられて、色とりどりのシロップを前でしばし考える。ひよ里がいちごなのだからちがうのにしようとは思っているけれど、いちごを除いてもメロン、ブルーハワイ、レモンとまだ種類がある。同じ味なのだから気分の問題だけれども。うーん、と悩んでいると、溶けちゃいますよ、と浦原隊長が笑った。

「………じゃあ、レモンでお願いします」

「レモンっスね〜」

山盛りにされた氷に、黄色いシロップがたっぷりかけられる。それを受け取って、すごい勢いでかき氷を口にかきこむひよ里の隣に座って、スプーンで掬ったかき氷を口に運んだ。冷たくて、甘い。さっきまで暑くて仕方なかったと言うのに、体内から冷やされて体感温度も下がったように感じる。ひよ里とひとくちずつ交換していちごのかき氷も味わったが、やはり同じ味だというのは信じられない。

「なまえサンはレモンがお好きなんスか?」

みんなの分のかき氷を作り終わったのか、浦原隊長がわたしとひよ里のもとへとやってきた。その手には自分の分のかき氷を持っていない。

「べつに特別好きという訳ではないんですけど、今日はなんとなく」

「おい喜助ェ、おかわり!」

「ええ〜二杯目はさすがに自分でやってくださいよ〜」

頭がキーンとしない氷だからって調子のって口にかきこんでいたひよ里は、なんともう食べ終わってしまったらしい。わたしの方が食べ始めるのが遅かったとはいえ、わたしのはまだ半分も減ってない。あとでお腹壊したりしないだろうか。浦原隊長にやんわりと断られてしょうがないとばかりに立ち上がり、ドスドスとかき氷のおかわりを求めにいったひよ里を見送って、またかき氷を口に運ぶ。冷たくてとてもおいしいけれど、頭がキーンとしないとわかっていても勢いよく食べる度胸はわたしにはなかった。

「それで?なんで今日はレモンの気分だったんスか?」

ひよ里が座っていたところに腰掛け、わたしの顔を見ずに聞いてくる浦原隊長は、一体どうしたというのだろうか。わたしがどのシロップを選んだって別にいいじゃないか。わたしがレモン味を選んだ理由なんて、そんなの。さっきシロップの前で頭に浮かんだことを思い出して、少し恥ずかしくなる。もしかして、気づいているのだろうか。だからこんな意地悪をしてくるのだ。しばらく無言でかき氷を口に運び続けるも、浦原隊長は何も言わずに隣にいるだけだった。

「ひとくち、召し上がりますか」

沈黙に耐えかねて、つい口からそう零れ落ちる。だってみんなの分のかき氷を作ったくせに、浦原隊長自身は何も食べていないから。いくら研究室が涼しくたって、長時間こっちにいたら熱中症になってもおかしくはない。いいんスか?と笑った浦原隊長に、新しいスプーンを貰ってくるために立ち上がろうとすると、その前にわたしの使っていたスプーンを持つ手を掴まれ、かき氷を一口分掬い、そのまま浦原隊長の口に運んでいく。ちょ、と焦って変な声が出てしまう。だってこれって、要するに、間接…。あからさまに慌てふためくのも悔しくて、軽く深呼吸して心を落ち着かせてからなんでレモン味にしたのかって話ですけど、と切り出した。わたしだって、少しはやり返したい。

「う、浦原隊長の、色だったので」

レモンのシロップの黄色を見た時に、真っ先に思い浮かんだのは蜂蜜色の髪だった。すごく恥ずかしいことを言っている自覚はあった。だけどさすがにここまで言ったら何か反応が返ってくるだろう。あの時、浦原隊長と仲直りをした時に、少なからずわたしに対して好意を抱いてくれているのではないかと感じた。それでもわたしたちの関係は何も変わっていなくて、たまに、試してみたくなる。しかし浦原隊長は恥ずかしがる様子もなく、ただただ嬉しそうに笑った。

「じゃあ、ボクが次食べる時はいちご味っスね」

紅潮した頬を揶揄されているのがすぐにわかって、顔に集まってしまった熱を冷ますためにかき氷をかきこむ。もちろん、一本しかないそのスプーンで。自分から口に入れてしまったことに気づいてますます恥ずかしくなってしまうわたしを浦原隊長がお腹を抱えて笑って、二杯目のかき氷を持って戻ってきたひよ里に蹴られるのは、そのすぐ後のことだった。



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